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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)557号 判決

上告人

利谷金属株式会社

代理人

景山収

被上告人

大兼鋼機株式会社

代理人

小川利明

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人景山収の上告理由について。

原審の確定した事実関係によれば、被上告人は、昭和三九年八月五日、訴外石川公八(以下「訴外人」という。)との間で、かねて被上告人が訴外人に対して有していた債権八九〇万円について、弁済期を同年一〇月末日持参払、利息を日歩四銭毎月末持参払とする準消費貸借契約を締結するとともに、右準消費貸借上の債務の担保として、本件建物につき売買予約の仮登記手続をすること、訴外人において右債務を履行しないときは、訴外人は被上告人に対し右建物を明け渡しかつ右仮登記に基づく本登記手続をなすべきことを約し、同月六日、右約旨に基づく所有権移転請求権保全の仮登記が経由されたが、その後、訴外人において弁済期に債務を履行しなかつたので、被上告人は、昭和四〇年二月一六日、本件建物につき所有権取得の意思表示をした。その間、東京地方裁判所は上告人の申立により本件建物につき仮差押決定をし、同月二日受付でその旨の登記が経由された、というのである。

本訴は、被上告人が前示所有権取得の意思表示によつて本件建物の所有権を取得したことを前提に、上告人のためにされた右仮差押登記がその順位において前記仮登記におくれるものであることを理由として、不動産登記法一〇五条により、上告人に対し被上告人において右仮登記に基づく本登記手続をなすことの承諾を求めるものであるが、これに対して、原審は、前示準消費貸借契約および売買予約の仮登記をなすべき旨の合意が被上告人と訴外人間の虚偽表示によるもので無効であるとする上告人の抗弁を排斥し、被上告人は右売買完結の意思表示により本件建物の所有権を取得したものであり、上告人の仮差押登記は被上告人のした仮登記に対抗できないものとして、本訴請求を認容している。

しかし、原判決の右結論はにわかに首肯することができない。

思うに、所有権に関する仮登記の原因たる契約が消費貸借上の債権を担保するために締結された場合においては、その契約が売買予約の形式をとつていても、本来の売買を成立させるためのものではなく、その実質は、単にその形式をかりて目的不動産から債権の優先弁済を受けることを目的とするもので、担保権と同視すべきものであり(このことは、代物弁済の形式が採られていても、その実質が担保権と同視すべき場合と同様である。)、債務者が弁済期に債務の弁済をしないとき、債権者は、予約完結権を行使し、目的不動産の所有権を移転せしめる方式によつて債権の満足をはかることになるが、その権利の実質が担保権と同視すべき以上、その際、債権者は、右予約において物件の適正な評価額に相当する売買代金額が定められているときはその価額から、また、本件のようにその価額につき合意がないときは目的不動産を適正な時価によつて評価したその価額から、債権者において優先弁済を受けるべき自己の債権額を差し引き、その残額に相当する金銭をいわば清算金として債務者に支払うことを要する趣旨の債権担保契約と解するのが相当である。けだし、債権者の有する権利の実質が、右のように債権の優先弁済を目的とする担保権であるからには、債権者がその目的不動産の有する価値のうち、債権額を超過する部分までをも取得しうべき理由はなく、右残額に相当する部分は、実質上債務者のもとに留保されていた価値が目的不動産に対する債権者の権利の実行に伴い現実化したものとして、債務者に帰せしめられるべきものであるからである。

しかるところ、予約完結権を行使した債権者が、右のような担保目的の実現の手段として、目的不動産の所有権を取得するためには、右仮登記に基づく本登記を経由しなければならず、その際、その本登記につき登記上利害関係を有する第三者(不動産登記法一〇五条、一四六条参照)があるときは、債権者は右利害関係人に対し、本登記をすることの承諾を求めることを要するが、かかる場合において、利害関係人が抵当権者その他目的不動産の交換価値からその有する債権について優先弁済を受ける地位を債務者から取得した者(以下「後順位債権者」という。)であるときは、右後順位債権者は、目的不動産の有する価値のうち債権者において優先弁済を受けた残余の部分については、なお自己の債権に対する優先弁済を受けうる地位を持つべきものである。されば、このような後順位債権者が存在する場合においては、前記清算金は、債務者に全部支払われるべきものではなく、前記のような地位にある後順位債権者にその一部または全部が支払われるべきものであつて、かかる後順位債権者もまた、債権者からの不動産登記法一〇五条に基づく本登記手続の承諾請求に対しては、前記の利害関係人としてこれに応ずる義務を負うとはいえ、その承諾によつて、自己の権利に関する登記が抹消され、担保権者として当該不動産上に権利を行使しえざるに至る反面、債権者は後順位債権者に対する負担のないものとして目的不動産の所有権本登記を経由しうることになるのであるから、後順位債権者は債権者の本登記手続承諾の請求に対しては、みずから清算金支払を受けるべき地位にあり、その支払と引換えにのみ承諾義務の履行をなすべき旨を主張しうるものと解するのが相当である。この場合において、支払を受けるべき清算金の額は、右本登記手続承諾請求訴訟の事実審口頭弁論終結時における評価による目的不動産の価額から債権者の有する債権額を差し引いた残額を限度とし、後順位債権者が数人あるときは、その優先順位に従つて順次支払を受けうるものと解すべきである。そして、本件のような仮差押債権者は、もともと特別の担保権者に対してはもとより、他の一般債権者に対しても優先弁済権を主張しうるものではないが、すでに当該不動産に対し将来強制執行をなすことにより当該不動産から債権の弁済を受けうる地位を保全していた者であるから、これを後順位債権者と同様に取り扱うのが相当であり、ただこのようないまだ債権の確定しない仮差押債権者は、その受けるべき金額の供託と引換えに本登記手続の承諾義務の履行をなすべきことを主張しうるものと解すべきである。

なお、目的不動産につきすでに他の者により任意競売または強制執行手続が開始されているときは、債権者は、原則として、もはや不動産登記法一〇五条の適用を主張することは許されず、そのすでに開始された競売手続に参加してのみ自己の債権につき優先弁済をはかりうるものというべきである。

いま本件についてこれをみるに、上告人は被上告人の不動産登記法一〇五条に基づく請求を争うのであつて、しかも本件売買予約の仮登記が被上告人の訴外人に対する債権担保のためになされたものであることは、原審の確定するところである。

しからば、上告人は被上告人の有する権利の実体は担保権にすぎざるものとして、被上告人の同条による請求を争う趣旨と解されないでもなく、したがつて、適切な釈明いかんによつては上告人において前記のような主張、立証をなす余地があるにもかかわらず、原審は、この点の配慮をなすことなく、被上告人のした所有権取得の意思表示により直ちに真正な売買契約が成立し、被上告人はその時に確定的に本件建物の所有権を取得したものとして、本訴請求を認容しているのであつて、上来説示したところに徴すれば、右原審の判断には、審理不尽の違法があるものといわなければならない。

してみると、本件売買予約完結の効果として本登記手続承諾請求の当否を争う論旨は、理由があり、その余の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よつて本件については前記の点の審理を要するものと認められるから、民訴法四〇七条に従い、本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

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